イタリアの思い出

torino

生活を始めた当初、やはり言葉の壁がありました。

ヴァリー先生の他に、もう一人、歌の先生にレッスンを受ける機会があり、少し離れた街の先生のご自宅までバスに乗っていくことなりました。

イタリアでは事前にバスのチケットを売店などで買うシステムです。
初めて一人でバスに乗る時、料金を間違えて、片道分しかなく、バスの運転手さんがあきれていました。

レッスンでも、先生の言葉がほとんどわからず、イタリア語を話せないのに来たのかと怒られてしまいました。
私は、せっかく来たのだから何とか良いところを見せよう!と歌いました。

レッスンが終わり、帰りのチケットを購入しようとバス停近くの売店に行くと、今日は売り切れで次回は明日入荷とのこと。
しかも時間はお昼で午後の休息(シエスタ)で、人通りも少なくお店も閉まっています。

バス通り沿いに売店があるかもしれないと、買ったばかりの地図を片手にバス通りを歩き始めました。

1時間ほど経ち、幹線道路の脇を歩いていると、大きなトラックが通りかかり、運転手の男性が私を見て、気の毒に思ったのか「乗っていくか」と声をかけてくれました。
私は御礼を言って歩き続けました。

少し心細くなり歌いながら歩いていると、今度は誰か通報したのか、パトカーが近づいてきました。
アジア人の小柄な女性が大きな声で歌いながら歩いているので、心配してくれたのか、少しこちらを観察して過ぎていきました。

2時間ほど歩いたころ、ようやく、滞在している街のシンボルである特徴ある教会の屋根が見えてきた時はホッとしました。

少し泣きたいような1日でしたが、今となっては懐かしい思い出です。

novara

その後も市場で買い物したり、印刷屋さんで楽譜を印刷したり、日本では当たり前にしていることの一つ一つが新鮮な体験で、これ以上ないくらい充実した滞在になりました。

イタリアの人は、好き嫌いがはっきりしていて、感情をあからさまに態度に出す方が多いように感じました。

また、イタリア人は陽気なイメージがありましたが、ただ明るいだけでなく、相手への気遣いがあり、相手の感情やプライベートなどを尊重しているように見えました。

ただ、相手を尊重しつつ、自分の主張も堂々とする人々の姿にも、どこか元気がないように見えたのは、経済状況が以前よりあまり盛況ではなかったからかもしれません(2013年当時)。

よく言われることで、日本で控えめなことは美徳とされますが、海外では黙っていると助けてもらえません。

特にイタリアでは英語を話さない方も多いので、何とかイタリア語でコミュニケーションを取ろうと頑張りました。

帰国する頃には、イタリア語以外は話さないヴァリー先生と何とか話すことが出来るくらいになりました。

もちろん、語学は大切でしたが、ヴァリー先生の歌のレッスンでは言葉を越えて、音楽で心がつながった瞬間があり、とても感動しました。

これ以上ないくらいとても充実した滞在となり、イタリアが大好きになっていた私は日本に帰るのがとても寂しかったのを覚えています。

次回は普段の生活のお話しです。