南アルプス・鳳凰三山(山の余韻)

南アルプス・富士雲海

三つ目の滝。
わずかに踏み跡のついた道らしきところを抜けた先に、鳳凰の滝はありました。

遠く向かい合った岩から二筋の滝が流れ落ちています。
まるで鳳凰が飛び立とうと、大きく羽を広げたような姿です。
鳳凰の滝

二つの滝が一つに合わさり、ゴロゴロした大きな岩の塊にぶつかりながら、流れ落ちています。
自然の美しさと荒々しさが同居しています。

沢に降りて、鳳凰の滝から生まれたばかりの澄んだ水で顔を洗いました。

最後、四つ目の南精進ヶ滝。
それまでの三つの滝の中で最も豪快な滝でした。

水が滑るように流れる、なめらかな岩肌。
長い月日、絶えることなく滝が流れ続けていたことを語っているようです。

ひと目見ることが出来たことに満足し、バスの時間を気にしつつ、後にします。
南精進ヶ滝

鳳凰小屋で汲んだ、オベリスク・地蔵岳から注ぐ天然の南アルプスの水を飲みます。
自然のエネルギーをいっぱい取り込んだ水が、すーっと体に染み渡っていきます。

下りの坂道。
重力落下に身を任せると、スピードがあがります。
文字通り山を駆け下りました。

不思議と疲れを感じることなく、力が体にみなぎっているようです。
水の力とベジタリアンの底力です。

数年前、体力が著しく低下し、二度と走れないのではないかと思った時期もありました。

食事を変えるだけでは、ここまで健康になることは出来ませんでした。
山に登ることで徐々に体力がつきました。

心と体はお互いに影響を与えます。

体力が着くと考え方も健康的になることが分かりました。
以前、体力がないことがコンプレックスで、気力だけで無理をして生きていたように思います。
南アルプス

登山は一度登り始めたら、途中で止めることは出来ず、自力で下山しなければなりません。
この世に生を受けた人が、生き続けていくことに似ています。

「何故山に登るのか。そこに山があるからだ。」
有名なこの言葉の意味と山に登る人の気持ちが少しわかった気がします。

山の光景は、登った人にしか見られません。
人生も生き抜いてみないと、生まれてきた本当の意味は分かりません。

南アルプスの大自然に包まれ、大地、空、水、風、木、草花、太陽、月、星のエネルギーを全身で感じました。

山に登ることで、心身の傷を癒し、自分を取り戻すことが出来たように思います。
未来の人生を考えることが出来るようになりました。

新しい人生が始まる予感です。